奇妙な廃墟に聳える邪宗門 『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評【酒井信】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

奇妙な廃墟に聳える邪宗門 『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』書評【酒井信】

 

■本を読む、乱世を生きるプロ

 

 この頃は左右の知識人が同じテーブルで議論する自由闊達さがあった。江藤淳も柄谷行人のイェール大学行きを手助けするなど、政治的な立場の異なる柄谷に若いころから目をかけ、『マルクスその可能性の中心』などの著作も高く評価していた。柄谷行人も江藤への恩返しの気持ちもあってか、自分を厳しく批判した福田和也を「批評空間」で登用し、最終号(2002年)の巻頭鼎談「アナーキズムと右翼(絓秀実・福田和也・柄谷行人)」の対談のまとめ(トランスクリプション)も、当時大学院生だった私に担当させてくれた。文芸批評に西日が差し始め、批評家が大学や文壇・論壇で嫌われはじめてた時期だったが、思想的な深みと、広い参照系を持つ批評家たちの議論を間近で味わった経験は今でも忘れがたい。「もっとも意気盛んな左翼的議論を担っているかにみえる」と福田が評した「批評空間」は廃刊となったが、柄谷行人と浅田彰は福田に左右の政治的な立場を超えた活躍の機会を与え、山城むつみや東浩紀など次世代の批評家を世に送り出すことに成功した。

 その後、左右の言論はWeb上の世論と同様に極端化し、多様な論者が寄稿する総合誌・オピニオン誌は次々と廃刊となった。Web上で人気を集める論者が言論の担い手となり、左右の政治的な立場も極端化した形で再生産されてきた『福田和也コレクション1』の「乱世を生きる」という副題は、福田が慶應義塾大学で35歳から安定した収入を得てきたことを考えれば鼻白むものだが、彼がWeb上の世論が台頭する時代に批評家として生き抜いてきたことを考えれば、納得ができるものである。

 

「批評家は自分の声音で語らざるを得ず、語らなければならないが故に彼は自らの声を先ず聴き、文を眺め、自ら第一の客となり、弟子となり、敵となりながら、尚一つの声で語らなければならない」(第四章「江藤淳氏の「成熟」」)

 

 本書に所々綴られた批評や批評家を定義する言葉には、江藤の死後、その不在を埋める努力を重ねてきた福田和也らしいエネルギーが感じられる。

 『福田和也コレクション1』は、大竹伸朗の装画が物語っているように、往時の福田和也が「本を読む、乱世を生きるプロ」であり、丸々と肥大化した頭脳で、日本の文壇・論壇を牽引してきたことを伝えるパワフルな著作である。特に1990年代から2000年代前半にかけての福田和也の批評には、文芸の中心が批評であると訴える「響きと怒り」が感じられ、腹を空かせた福田が、分厚い本から飛び出て殴り掛かってくるような迫力が感じられる。過去の文人たちの「ろくでなし加減」を誇張するのは福田の批評の愛敬だが、旺盛な食欲と連動した読書欲が切り開いた批評の射程の広さは、他の書き手を圧倒している。

 『福田和也コレクション1』は、往時の福田和也の「カロリーの高さと文芸の器の大きさ」を感じさせる大著であり、福田が江藤淳から継承した「ヒール(悪役)」としての批評家らしい「読書人生の重み」を感じさせる「鈍器本」である。

 

 〈著者プロフィール〉 

酒井信(さかい・まこと) 

1977年、長崎市生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学助教等を経て、現在は明治大学国際日本学部准教授。専門は文芸批評・メディア文化論。大塚英志×福田和也責任編集「選挙に行く前に読んでおけ。」(PHP月刊「Voice」2001年 8月号特別増刊号)では編集長を担当。 福田和也『イデオロギーズ』(新潮社、2004年)では注解を作成。著書に『吉田修一論』『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』など。西日本新聞・日曜カルチャー面で「現代ブンガク風土記」を連載中。

 

 

KEYWORDS:

[caption id="attachment_945474" align="alignnone" width="525"] ※カバー画像をクリックするとAmazonページにジャンプします[/caption]

オススメ記事

酒井信

さかい まこと

文芸批評家

1977年、長崎市生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学助教等を経て、現在は明治大学国際日本学部准教授。専門は文芸批評・メディア文化論。大塚英志×福田和也責任編集「選挙に行く前に読んでおけ。」(PHP月刊「Voice」2001年 8月号特別増刊号)では編集長を担当。 福田和也『イデオロギーズ』(新潮社、2004年)では注解を作成。著書に『吉田修一論』『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』など。西日本新聞・日曜カルチャー面で「現代ブンガク風土記」を連載中。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる
福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる
  • 福田 和也
  • 2021.03.03